それはとても清らかな愛
手が届かないからこそ、美しく、清らかなものにとても心惹かれる
それはキミだけじゃ、なくて…………
***
「なに、どうしたの?そんなに怒って」
いつも不機嫌そうではあるティエリアだったが、その日は特別機嫌が悪かった。
刹那が何かしたとか、ぼくがポカしたとか、そういう訳では(幸運なことに)無かったようだが、とにかく機嫌が悪いという事が肌で伝わる程の不機嫌具合であったのだ。
形の整った眉を、これまた綺麗な肌の眉間に皺を寄せて、髪を乱れさせて彼は怒っていた。
触らぬ神に祟りなしというが、今日のぼくにその手段はとれなかった。
何故なら彼が怒る理由を知っているから。
そして、その原因を止めなかったのも、ぼくだったから。
「……ロックオンが私のプリンを食べた!」
ほら、そう。隠れてほくそ笑んで、ぼくは。
「え、あのクリスが買ってきてくれたやつ……?ロックオン、ひどいなあ」
久し振りにトレミーに帰って来たロックオンは、ティエリアの取っておいた女子からのお土産を食べてしまったのだ。
もちろんぼくは止めなかった。
「……どうすれば今日の君のご機嫌は良くなるんだい?」
「……プリン……食べたかった……」
「作ろうか?」
「…………」
どうやらそれが目的ではないようだ。
予測が外れて、ぼくは落胆した。
ティエリアは食べる事が目的ではなかった。
それをロックオンに分けてあげたかったのだ。
刷り込みされた雛鳥のようなティエリアは、ロックオンに心を開いた途端、それはもう彼を慕った。
だから彼が帰ってくる日まで置いていたのだが、まあ、ティエリアにそんな風に思われてるなど思いも寄らないロックオンは、冷蔵庫を開けて1つだけ残ってるプリンを1人で食べてしまったのだ。
(そしてぼくはそうなるように、クリスにロックオンへとメモを添えるよう伝えておいた)
「……一緒に作ってみるかい?」
ぼくはティエリアが好きだ。
美しいものが好きだ。だから君を好きになったのは必然だった。
美しい君の顔が歪むのが耐えられなくて、ぼくはぼく自身が仕組んだ事に妥協案を出す。
ティエリアは、そうとは知らずにこくりと頷いた。
***
「え?プリン?おれに??」
案の定、ロックオンは困惑していた。
まあ無理もないだろう、先程ティエリアにビンタされて、わけも分からず怒られたうえにプリンはさっき食べた所だ。
ぼくは後ろからじとりと彼を睨む。受け取れ、と口パクを添えて。
「ロックオンその、先程は、すまなかった…………貴方がそんなにもプリンが好きだったとは知らなかった、だから、これはほんのお詫びの気持ちだ」
若干の嫌味が入っている……が、ティエリアから謝るという事にぼくとロックオンは目を疑った。
「あ、ああ……おれもすまんかった。ありがとう」
そしてロックオンはお詫びの印のプリンを受け取って、食べてみせた。
「……すげー!食べれ……美味しいぞ!」
そりゃそうだろう、ぼくが体を張って味見したものだ。
「!ほんとうか!」
ティエリアはそれに喜ぶ。
ティエリアの頭を撫でて、ロックオンは彼の料理の腕を褒めちぎった。
自然と距離が近くなる二人からぼくはそっと離れる。
「あーあ、結局今回もぼくの頑張り損かあ」
その美しく清らかな二人の距離をただ縮めただけだった。
綺麗だ、綺麗だ、綺麗だ、ああ、なんて、
手の届かない…………
「ああ、ぼく、ロックオンのことも同じくらい、好きだったんだ」
手が、届かなかった。
間に合わなかった。
あと少しぼくの反応が早ければ。
あと少しキュリオスが速く翔けてくれれば。
ティエリアが泣いている。
ティエリアが泣いている。
その涙を止められる人は、もういない。
「ロックオン…………覚えてる?あの時、ぼくは………………」
もういない人に声を掛けるのは、よそう。
もういない人に期待するのは、やめよう。
それを清らかな愛にするために。