書留。

壁打ち用です。

灰羽エピローグ的な

‪(床材補強して、土ペンキ借りて来て、後は屋根もなんとかしなきゃなあ)‬

 

ゆるやかな微睡の中で色々考えた。
これまで億劫だった事が一気にやって来たかのように思えたが、どちらにせよあっちに行くまでにやらなければならなかったのでどうしょうもない。

 

(最優先は廊下って言われるかも……)

 

渡り廊下から先のオンボロさをどうにかすべきか。
廊下の一番奥に部屋を構えた自分を呪った。
これからどうしよう。何も考えていなかった自分の未来に対して、光が差し込んでしまったのだから、思考回路が定まらない。

わずかに朝日が差し込む暗室の中で、自らの腕に抱かれているひとの頭を撫でる。
君が光を、明日を運んできてくれた。
繭の中にいた頃は、そんなこと思いもしなかった。
ただ過ぎるだけの日々が、待ち遠しい明日になるなんて、思いもしていなかった。

 

***

 

「それじゃあ多分2時間くらいで帰って来れると思うから」
「うん、わかった」
「んで、これだ」
「何?エプロン?」
「必要だろー」
「そんなにかい?たかだか2時間で……」

そうアレルヤが答えると、ニールはふっと鼻で笑う仕草をして見せた。

「……2時間くらいやってみせるよ!!」

アレルヤがムキになって声を張り上げる。
そして表情を和らげニールは声を上げて笑った。

「チビ共よろしくなー」

そう言い残して、ニールは自転車を青い麦畑の中走らせて行った。

 

そして2時間と少しを過ぎた頃、三輪の自動トラックでニールは帰って来た。
台車の後ろに乗せられるだけたくさんの資材を乗せて。
驚いたホームの子供達は、沢山のペンキ(のような容れ物)の缶に群がり、これからいったい何をするのか、この車はなんなのか、次々に質問が湧いて出た。
しかし意表を突かれたのはアレルヤの方だった。
確かに資材を貰ってくる、とは聞いていた。
何に使うかの用途も。
しかし想像していたよりずっとそれは少ないし、何より自転車も置いて来てしまっている。
2往復するつもりなのだろうか、と考えたがその直後にホームの正門に繋がる坂道の方から沢山のエンジン音がするのに気付いた。

 

「おおーい、頼まれてたもんもって来たぞーい」

 

トラックの窓から身を乗り出して手が振られる。
機械油に汚れた顔はいやに白く、そして同じく汚れた手袋とポロシャツを着た壮年の彼は、以前時計塔で会ったイアンだった。
しかしその人物がイアンだと気付く頃には、正門から次々とトラックが円を描いてグラウンドに侵入して来て、最終的に主棟である旧聖堂をとっくに通り越し、住居区画として利用している棟の方にまで沢山のトラックが停車した。
呆気に取られて、さっきまで質問責めだった子供達も、そしてアレルヤもぽかんとその場で佇む。

 

「いやーちょっとくらい前から相談はしてたんだが、まさか、こんな事になるなんて…………」

 

ばつが悪そうにニールは頬を指で掻く仕草をする。
相談はしていた。いつ頃になるかとか、どのような規模で、これくらいまで回復するにはどれだけの木材が必要かとか。
しかしいつ決行するかは、ニール次第であった。
決意するのに時間も掛かったし、心の整理だって必要だった。
それをアレルヤは察して、ふっと笑った。

 

「刹那との仲直りの記念だと」
「あ〜、だいぶん拗らせてたもんねえ……」

 

笑い合って、それから。次々に作業に取り掛かる人達に感謝の言葉を伝えに二人は古ぼけた棟の周辺を歩いて回った。

 

***

 

その人達の数の多さに彼の人の良さを感じる。それが嬉しくて、殆ど見ず知らずの人ひとりひとりに感極まった。

ああ、この人は、なんて素晴らしいひとなんだろう。

何も思い悩む事なんてない、貴方はこんなにも周りに想われて、心配されているんだよ、と胸が詰まった。

その中で一人、これまた以前出会った人物の姿を見た。
しかしアレルヤが声を掛ける前に、ニールが先に駆け寄る。

 

「リヒティ!」
「あっロックオン!!ひっさしぶりっスね〜!!」
「久し振りもクソもねえだろ!!お前刹那んとこにもろくに姿見せないって……」
「あー、いや、それは今の仕事先で下宿させてもらってて……っていうか廃工場!あそこ、ここ以上の環境の悪さッスよ!!」

 

声を荒らげるリヒティに気圧されたのはニールの方だった。やれ刹那がやれティエリアが、と暫くリヒティの愚痴が続き、そうして一息吐いた頃に。

 

「……リヒティも灰羽だったの?」 

素朴な疑問の声がアレルヤより上がった。

「え、あれっお前気付いてなかった!?」 

驚いたのはニールだ。

「だってクリスが、成人してる男性は少ないって……」
「あー、まあ、そもそも灰羽に"成人してる"って表現、おかしいと思った事は?」
「……あ、言われてみれば」 

つまり。

「クリスにとって年上が年下か、って話」
「え、ええ〜、ぼく、クリスより年上って思った事、無いかも……」
「多分それはクリスも気付いてる」

 

苦笑を浮かべて、ニールは内心ではホッとしていたのは言うまでも無い。

 

***

 

お天道様が一番上を通り過ぎた頃、二人は修繕工事に来てくれた人々にお茶を配りに歩いてた。

 

「そういば廃工場、どうなるの?」
「取り壊しにはならないと思う、繭の方は今出来てるぶんについては羽化を待つつもりだけど、前後で全員こっちに戻って来るようだし。」

 

そもそもあそこ生まれの奴もいるしな、と溢した。

 

「……どう思う?もし自分の生まれた場所が、取り壊しになったら」
「ぼくだったら……少し、寂しい、かな」
「そっか……普通そうだよなあ」
「普通……?貴方はどう思うの?」
「おれは……壊してしまいたいくらい憎らしかったから……」

独りぼっちで体温を奪うだけの羊水を憎んでいた。
憎くて憎くて、暗く悲しい夢がもっとよどんで歪んだ幻想へと変わり果ててしまいそうな程だった。

 

「……ぼくが寂しいと思うのはね、」

 

ニールの表情を覗き見て、アレルヤは言葉を繋ぐ。

 

「貴方がぼくの誕生を待ち侘びてくれた場所が無くなってしまうからだよ」

「……無くならないよ………………」

 

重苦しく、ニールは顔を伏せた。
無くならない、無くさせはしない。例えそれ自分のエゴでも、そこだけは。
賑やかな人々の声、鳴り響く金槌の音、合わさる木材の軋み、瓦の重ねられる音、土塀がサラサラ新しく塗り重ねられていく。
その裏で、一際古い一棟が取り壊された。

 

***

 

手伝いに来てくれた人はニールの人脈だと思っていたが、話をしてみれば、アレルヤが思い悩みアルバイトをしていた先の、関連の人も中にはいた。
直接的な面識は無いものの、しかし、ニールの事もあり馳せ参じてくれたとの事だった。
バー・スメラギもその一つで、ランチどきに工事を手伝ってくれている皆にサンドイッチを振る舞いにやって来たのだ。
その中でリーサがアレルヤの事を話しながらサンドイッチをばら撒き歩くのだから、お茶を配ってる間も声を掛けられる事がままあった。
しかし不思議と、みんな「よかったね」や「おめでとう」と優しく声を掛けてくれる。
何が良かったのかおめでとうなのかアレルヤにはさっぱり分からなかったが、取り敢えずありがとうございます、と返事を返していた。その理由に気付いたのはある老齢の大工の言葉だった。

 

「ロックオンは長かった方だろう、無事巣立つのはまるで孫の事のように嬉しいよ」

 

え、と小さな声が出た。びっくりし過ぎて、どう返したらいいのかもわからなかった。
近くにいる技師と話していたニールは、黙りこくるアレルヤに気付いたのか、大工が気を利かせたのか、近くに寄って来た。

 

「なに?じいちゃんおれがこの街を出てくって思ってたのか?それなら間違いだよ」

 

一体だれがそんな事吹聴してんだ、とニールはわざとらしく頬を膨らませた。
アレルヤはニールの言葉を聴いて、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「誰かの誤解だよ、この話はこの前したろ?」
「び、びっくりした…………」

 

優しくニールが頭を撫でてくれて、漸くアレルヤは言葉を出す事ができた。
じんわりと鼻の奥が痛かった。少し鼻声で、アレルヤは目元を隠す。
それをまたニールが優しく宥めて、そんな二人の様子に大工ははっとしたように手を差し出す。

 

「なんだロックオン、コレか」
「ちょっ、じいちゃん…………まあ、そうだけど」

 

小指を立てて甲を見せるそれの意味はアレルヤには分からない。
老齢の大工はよっこらと手を突き立ち上がると、後ろで作業を続ける若衆達に声を掛けた。

 

「おぉーい、巣立ちの話は噂だとよォ!ロックオンのコレだそうだ!!」

 

大工が腕を掲げてそのサインを見せると、「おお〜っ!!」と元気な声が上がった。
その話をきっかけに、今日修繕工事が行われているのはロックオンがいなくなるから、という間違った情報は訂正されていった。

 

「やべーよ俺、かーちゃんにロックオンが出て行くって言っちゃったよ」
「早く訂正して来い」
「そのまま帰っちゃおうかな〜」
「帰るなんならロックオンが結婚式あげるって街中で逆立ちで練り歩いて来い」
「それじゃウソかホントかわかんねえよォ」

 

あはははは、と笑い声が上がる。
不思議と暖かい気持ちになれるのは、やっぱりニールのすごいところだ、とアレルヤは微笑んだ。

 

***

 

しかして夕刻は訪れる。
作業は一日では終わらず、一棟の取り壊しと、使える資材の選り分けで大体が終わった。
残る一棟はどうするか検討中ではあるが、主棟との連絡通路が確保されたアレルヤの繭のある棟は、残される事となった。これには理由があり、一度繭が出来た場所は再び繭が出来る可能性が高いからだ。主に新生児用の棟にするか、と皆は考えている。

 

「……こっちの棟を取り壊したんだね」
「ああ、おれの部屋以外まともじゃ無かったからな」
「……」

今朝までそこで眠っていた部屋だ。ニールのアトリエもあった。

「絵の方は、パネルのやつは全部移動させたよ。あと家財道具も出したし……あとベッドも、オゥッッ」

アレルヤの一突きがニールの腹部を抉る。 

「言わなくていいですから!!それ!!」

顔を真っ赤にしてアレルヤは小声で、しかしニールの耳元で叫んだ。

「あれはおれの部屋で使うけど、新しくダブルベッドも作ろうかなぅおおお!!!!」
「だから!!言わなくていいですから!!!!」

 

調子に乗るニールにアレルヤは声を荒らげる。しかし周りには気づかれぬよう。
気落ちしているだろうアレルヤを気遣ってニールはおどけて見せたのだが、想定よりもかなり、アレルヤは落ち込んでいた。


「……でも、あの絵は」
「いいんだよ」

 

ニールの理由の絵は取り壊された。もう二度とあの瞳を見る事はない。惑わされる事はない。……否、あの瞳は真実を告げてくれた。

だからもうお役御免なのだとニールは思う。

 

「あれが運命だったんだから」

 

そうなる運命だった。

アレルヤに言い聞かせて、ニールは夕刻のオレンジ色の空を仰ぐ。

 

「本当はさ、思い切って全部捨てようと思ったんだぜ?」

「でも、ダメだった。思い出が多過ぎる。これまでに此処を去って行った奴も、これからやって来る奴も」

「おれは、見届けたいんだ」

「やっとそう思えた。おれがロックオンとして生まれた意味も、ニールの真名の意味も。」

 「……ようやく明日が見えるようになったんだ」

 

「お前が隣にいてくれなきゃ、始まらない」

 

「ロックオンとして…………ロックオン、ううん、ニール……」

 

何かを思い直すようにアレルヤはニールの名を呟いた。

自分自身の真名の意味をアレルヤは噛み締める。

 

全ては祈りから始まった。

 

 

***

 

 

元々別のエピローグを準備していたのですが。

 

あまりにも悲し過ぎるので方向転回したい〜と放置していて。

多分これがベースに肉付けされていくと思います。

あ、でもこれはあくまで「エピローグ」なので

エンディングは別にご用意します。

 

終わらせるよ〜色々。