書留。

壁打ち用です。

したがき

──ドクン、ドクン。

心臓の音が嫌なほど聞こえる。

小さな卓上型の、その振り子時計の硝子窓の中から取り出した合鍵をそれぞれの両手の上に乗せた。思えば車の鍵はイモビライザー式になっているので、このどれもでは無い。

だが一つ確実なものがある。

考えたくも無い……しかし、そうであるとしか考えられない。

意を決してそれらを持って廊下へと出た。もうすでにこの家の中の鍵は、その存在の意味を無くしている。

これはこの家自体の──鍵だ。

ドクン、ドクン、また鼓動がひとつ早くなった。

出よう思えば自分はこの部屋のベランダからだって逃げられた。

そしてこの鍵は、意図せず自分が見つけてしまったもの。

意味はただこの扉にある。鍵穴にキーを刺さず、ドアノブに手を掛ける。

一呼吸をおいて、瞼を閉じて願いを掛けた。この扉が開いたのなら、これは貴方からのSOSだ。

助けてくれと、救ってくれと、暗に彼は言い残していた、そうだと自分は思いたい。

だから開いて欲しい。

この扉のように、貴方の心も。

瞼を開けた瞬間、思い切りにその扉を押した。

軽快な音を立てて──それは隣の部屋と何一つ変わらない開閉音だ──開いた。

 

嗚呼貴方はどうしてこんなにも、他人に頼るのが下手なんだろう。

その不器用さを愛しいと思うのと同時に、そして小さな怒りも覚える。

一度部屋へと戻り荷物を纏める。

もう一つの鍵はバイクだと分かってるので、軽く背負える荷物に、必要そうなものを搔き集める。

今更急いだって間に合うか、追い付けるか分からない。だが行き先には心当たりがあった。

マンションを駆け下り、バイクに跨った。

 

行き先は──魔術師の館。

人界の青空と、魔界の紫の空が交わる逢魔ヶ刻の続く場所へ。

 

 

 

(何年リビングにいさせてたんだろうと思って、今朝ちょっと思い浮かんだので。)

(ていうか読み返したら既に気付いてたので繋ぎをなんとかしないとなと思いました)

(取り敢えずアレルヤさんがティエリアの住む場所まですっとばします)

 

 

 

 

ティエリアの館は魔界と人界の狭間に存在する。

魔界とは即ち人ならざるモノの棲む場所であり、生まれ出る場所だ。

そして還る場所でもある。

しかしアレルヤは──ティエリアは、生まれた所から迫害され、その境界に住処を得ていた。

ハレルヤと2人で暮らしていたところも、座標は違えど、同じくこの狭間である。

狭間は座標さえ分かれば入る事は容易い。しかし、人は……座標を見失う事で、戻れなくなる。

座標とは概念であり、現象であり、普遍なる本質だ。

しかし人は惑わされ、理解を拒み、或いは陶酔し、帰れなくなってしまうのだ。

奇しくもアレルヤはこの逢魔ヶ刻の生まれであり育ちの為、出入りは比較的容易であった。

魔術師の館は四季の庭に彩られる。

たった一度だけニールに着いて来ただけの場所であったが、すんなりと辿り着けて良かったと胸を撫で下ろした。

庭の門扉は開け放たれている。無用心にも思うが、こんな場所に盗みを働くような輩は入って来ないだろう。

色とりどりの花が萎れている……そんな事にアレルヤは気を取られる事はなかった。

大きな木製の扉を押し開く。広い吹き抜けのエントランス。

声を上げる前にアレルヤはそこに倒れている人物に駆け寄った。

ティエリアッ!?」

意識は無かった。特に目立つ外傷は無い。

ツツ、と唾液が真っ赤な唇の端から流れて、菫色の睫毛は伏せられたままだった。

ただ呼吸だけは正常なようで、アレルヤは躊躇しつつもその頬をはたく。

「起きろティエリア、起きて、起きるんだ!」

「あ……?」

ピクリと瞼が痙攣する。

「ック、……ア、アレルヤ、か」

エントランスの照明が眩しかったのか、首を捩る仕草をしてティエリアは問う。

「今は……いつだ」

「10月31日、オルギアの夜だ」

「待ってくれ、今日がオルギアの夜なら、今日が31日なら、刹那は、刹那は、」

意識が戻ったティエリアは、しかし、堰が切れたかのように狼狽して見せた。

「刹那……死んでしまったのか…………」

アレルヤの腕の中で、ティエリアは両手で顔を塞ぎ、嗚咽を溢す。

「間に、合わなかった………………」

──ここにニールが来たんじゃないのか──

そう問いただす事は出来ず、抱き起こしたティエリアがただただ泣いていた。

 

 

(折角はろいんなので、続きを。よみかえしながら書いてるのですが、ほぼほぼラストスパートです)

 

 

すすり泣くティエリアを宥めながら、アレルヤは思考した。

オルギアの夜に向かうのはティエリアの家だという予測が外れたからだ。

では何故ニールは帰ってこない? そもそも、自分の血液はティエリアの元へ届いていたのか。

そして刹那が死んでしまったというティエリアの言葉の意味がアレルヤには分からなかった。

唐突過ぎる。今日がオルギアの夜だから刹那が死んだという事か?何故だ?

 

「……ティエリア、混乱している所悪いんだけど、ここにニールは……」

 

ふるふるとティエリアは首を振った。

涙が宙を舞い、零れ落ちる。

 

「彼は……来たのかもしれない。でもきっと、ここにはいない……」

 

来たのかもしれない?

 

「大学の図書館で会う約束の時は……?」

「ぼくが行った時にはもう居なかった。約束の時間は守る男だったが……」

 

言葉を選ぶアレルヤに、ティエリアはわかっているかのように質問を予測して言葉を連ねた。

 

「刹那が死んでしまったとは?ここには、刹那のにおいは無いようだけど」

「……無い?まさか、そんな筈は」

「どこかに移動したようだ。襲撃されたって事は、連れて行かれたんじゃないのか?」

「……ああ、まさか、そんな」

ティエリアの表情が青褪める。

失意のかんばせから、絶望にも近いそれへと変わった。

「刹那は連れ去られた……?」

「ああ、匂いが移動している。ここが襲われたなら誘拐されたと考える方が妥当じゃないかい?」

「…………今、僕が考えている事を聞いて、アレルヤは怒るかもしれないが、聞いてくれるか」

「改まって一体……どんな事を考えて?」

「予想だ。でも、理由を考えれば考えるほど、そう考えるしか無い。……ロックオンが裏切った」

「何故?!理由がぼくには分からない」

「それは僕にしか知り得ないからだ、いや、僕しか知らなかった。他の誰も知らなかった……ニール自身も。」

「だから、どんな理由が」

「……刹那が、賢者の石だからだ」

突拍子のない言葉が、ティエリアから発せられた。

 

***

(朝を執筆時間にしたいねー)

 

アレルヤはただただ困惑した。

提示された理由も、ティエリアの思考も、ニールの裏切りも。

否。少し前の≪ロックオン ≫であれば、考え得る。

しかしそうであったとしても、彼には理由が無い。

少し前の残虐非道な彼であったとしても、理由無く何かを虐げたりはしなかった。

全て理由があって行動していた。多少思惑とは裏腹な天邪鬼になってしまうのは、彼自身の生来の性格が邪魔をしていたのかもしれないが。

しかし刹那の匂いを辿っているうちに、この匂いにとても嗅ぎ慣れたものが交じっている事にどうしても気付かざるを得なかった。

信じたくはない、しかし、ティエリアが何の理由も無く言うとも考えられない──考えているうちに、また門扉が開かれる。

来訪者はキョロキョロと辺りを見渡し、そしてこの襲撃のあったエントランスの様子を見て、